“内藤廣”「安曇野ちひろ美術館」長野県産カラマツ材が作る切妻屋根と暖かみのある内部空間のファーストミュージアム

“内藤廣”「安曇野ちひろ美術館」長野県産カラマツ材が作る切妻屋根と暖かみのある内部空間のファーストミュージアム

2021年5月11日

概要

安曇野ちひろ美術館」は長野県安曇野市にある絵本美術館で、1997年に「東京ちひろ美術館」の開館20年を記念して建てられました。絵本作家の「いわさきちひろ」は疎開していた両親が暮らした旧松川村(現安曇野市)のこの地に深い思入れを持っており、この地への開館へ繋がりました。敷地は美術館と一体で計画された「安曇野ちひろ公園」の中にあり、西側に望む北アルプスとそこから流れる多くの清流など優れた自然景観を持つ風景に溶け込むような佇まいを見せています。

「ファーストミュージアム」というコンセプトのもと、初めて美術館を訪れる子供が安心して、また生涯の記憶となるような親しみのある場であることを重視しています。

設計

設計は内藤廣建築設計事務所。ちひろ美術館の実施するコンペティションで選定されました。内藤廣氏は「JR旭川駅」、「みなとみらい線馬車道駅」、「十日町情報館」、「古河総合公園管理棟」、「TORAYA TOKYO」、「とらや東京ミッドタウン店」、「とらや一条店」などの設計実績があります。早稲田大学出身ながら東大で教鞭を執り、副学長まで務めた経歴からもその実力が窺い知れます。新国立競技場の設計コンペティションにおいて審査委員長も務めました。

個人住宅を中心とした設計活動を続けながら、1997年に安曇野ちひろ美術館が完成、初年度に来館者約35万人を迎えるなど、高い推移と連動するように建築家としての評価を高め、その後住宅以外の実績の幅を広げていきます。その足掛かりとして、また現在でも代表作と位置付けられるのがこの「安曇野ちひろ美術館」です。

2015年に完成した「安曇野市庁舎」は分散していた安曇野の行政・災害対応拠点の集約として建築。質実剛健というテーマながら安曇野の景観に調和し、ヒューマンスケールのちひろ美術館に通じるデザインもあり、周囲に安心感を与える市庁舎となっています。

"内藤廣"安曇野市庁舎 高度な災害対応力を備えたヒノキ外装による北アルプスとの景色の調和

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"内藤廣設計"JR旭川駅

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内藤廣設計"古河総合公園管理棟"

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建築の特徴

背景となる北アルプスの連続する山並みに呼応するように切妻屋根を連ねています。周囲の優れた景観を損ねないよう「いわさきちひろ」の世界観に寄りそう建築として親しみのある姿が求められました。

館内にはいわさきちひろの絵本や絵画、世界の絵本など約3,000の蔵書があり、切妻屋根を一つの空間とした展示構成がとられています。一般的な美術館は展示室を施設の主役として、全体の結びつきにより構成されていきますが、本建築では展示室は極力コンパクトにし、利用者(親子)の距離感を家庭のようなスケールで迎え入れることが意図されています。

鉄筋コンクリート造の壁体に載せられる切妻屋根は登り梁を細かいピッチで組み、桁を挟み円弧材にてサンドウィッチにするというシンプルな小屋組により構成されています。構造力学的に合理的な骨組みは無駄がなく、非常に美しい姿になるという設計者の意図が込められています。

小屋組を含め、床などには長野県産のカラマツが用いられています。長野県では成長の早いカラマツの植林が昭和40年代から進められてきた結果、伐採期を迎える材が山に豊富にあります。林野庁の資料によれば長野県の植林のうち55%がカラマツで、生産量では北海道と同等の規模を有しています。型枠用合板や土木材料(鉄道用杭)など加工資材としての活用は多いものの、建築構造用材や仕上げ材としての利用は、カラマツ特有のヤニの多さや丁寧な処理を要求とされることから、需要が高まらない要因となっていました。現在では製材会社のヤニの処理技術も進化して、本美術館のように木目の美しい無垢の仕上げ材や構造材として活用されることも増えてきました。

安曇野ちひろ公園と安曇野ちひろ美術館の風景。ゆるやかな丘の頂部にあり、美術館への適度な歩行距離を保ち、建築と風景を視覚的に感じられる時間を作り出している。
エントランスへのアプローチ。
連続切妻によるリズミカルな外観。
エントランス部分はガラスで透過させ奥まで景色が抜ける。